捜索をお願いしている警察署に確認したところ、身元の特定ができていないとの回答がありました。
特定できない理由は、時間の経過による損傷とのこと…。
息子が歩いていた縦走コースは、東京と神奈川の県境で、発見された場所は相模原市の警察の管轄でした。
相模原市に行けば会えるのではと思い再度尋ねましたが、検死で身元が息子と特定できなければダメとの回答がありました。
予定通り、捜索が行われ、いくつかの遺品が見つかりました。
捜索の終了時、今までの経緯を説明していただきました。
情報はいくつか提供いただいたものの、追跡につながったものが少なく、捜索は難航したとのこと。
説明から、事故は発覚の遅れが致命的な原因であったと再認識しました。
DNA鑑定により、沢で発見された遺体が息子と確認されたのは、翌年の1月の初頭でした。
遺体の状況から、死亡には外的な要因がなく、飢えと寒さによるものと考えられるとの説明がありました。
沢までの経緯について、滑落したものか、自分で下山したのかは不明で、発見された場所から推定すると、沢をさ迷っていたようだとのことでした。
台風の影響で天候がかなり悪い時期でした。
淋しい場所で、濡れたまま、どんなに辛い思いをしたことか…。
斎場で息子の変わり果てた姿に面会できるまでに、行方不明から4カ月かかりました。
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