2019年2月11日月曜日

判決に臨む親の願い

 息子は重度の自閉症と診断されていましたが,成長するに従い発達し,学校では教師の指示に従い社会性も身につけていました。社会で配慮が浸透すれば十分に活躍できるはずの就労に必要な能力も身につけていました。ところが社会性を身につけようとして、東京都の児童相談所から紹介されて預けていた障害者入所施設が安全配慮に対する義務を履行しなかったため、預けて1年も経たずに息子が行方不明になり、その後遺体で発見されるという事態が発生しました。

   亡くなったことの補償の交渉過程で入所施設を運営している社会福祉法人藤倉学園(以下被告と記載します。)は,息子に働く能力がないとして一般に交通事故等で15歳の少年が亡くなった場合のわずか5分の1にも満たない賠償額しか呈示せず,気に入らなければ法的根拠を示せと,訴訟を誘発する主張をしてきました。
私達はわが子の命を軽視して事故を引き起こした上に,将来の能力を否定して差別する被告の対応に怒り,提訴に踏み切りました。
 被告施設は,管理態勢が極めてずさんであったため,息子は15年という極めて短い生涯を閉じました。息子がこれから歩むはずであった明るい未来,可能性に満ち溢れた人生は,被告のたび重なる重大な過失によりその一切が絶たたれたのです。

 先日行われた記者会見で、親の気持ちとして以下の事を報道関係の方にお伝えしました。

「子供を事故で亡くした親は,事態を生涯忘れることができません。心の痛みを一生背負っていかなくてはなりません。子供に障がいがあっても,無くても,悲しみに違いはありません。」「亡くなった子供にしてあげられることは,子供の死に真っ直ぐ向き合うこと,そして亡くならなければならなかった原因を見極めることであると考えております。」「施設で差別を受け,人として扱われず,安全配慮に手抜かりがあったことを許すことはできません。」「私どものような経験をされる方が無くなるためにもとことん争うことを決意しています。」「過失で人の命が失われたのです。被害者の気持ちに寄り添った判決を強く願います。」


 人の命は地球より重いという概念があり、法の下での平等という憲法があり、差別をしいという締結した国際条約があります。
 私達は裁判で正しい主張をしていると信じております。慣行という障壁が無ければ勝って当たり前の裁判です。
 しかし勝訴したとしても、子供を亡くした私達に勝利という言葉はあり得ません。

  良い裁判例になることを願うばかりです。



2019年1月16日水曜日

息子の写真


昨年12月に最終弁論が行われ、後は判決を待つのみとなり、東京地裁の裁判で私達が準備することは無くなりました。

思い起こすと息子の死亡事故が起きてから目まぐるしく時が過ぎていきました。

3年前の2015年9月に行方不明となり、11月に遺体で発見され、翌年月に身元が確認されましたが、思い出しても、その時期が一番辛かったです。

 その4か月間の体験は筆舌に尽くしがたいものがありました。法要は行いつつも、納骨するには忍びなく、遺骨は今でも自宅にあります。

昼間は居間に夜間は寝室に安置し、夫婦のいずれかが墓にいくときに一緒につれて行こうと考えております。

 はじめの頃は息子の写真を家中に置いて偲んでおりました。しかしそのうちに焼香する場所の遺影を除き、全て伏せて置くようになりました。良い想い出よりも、行方不明直後に脳裏に浮かんだこと、どのように亡くなったかというシーンがフラッシュバックしてくるからです。



外出先から戻るとその遺影と遺骨に向かって合掌します。

結審から帰宅した時も合掌しました。

いつもの様に自問しながら…。

自分は何をしているのだろうか…。



2年前の2016年12月に裁判することを決意しました。まず、裁判所に申請して過失施設に対する証拠保全を行い、息子の記録を確保しました。息子が行方不明になったという連絡が入ってからは、自身の仕事や家族の生活と両立させながらも、非日常的な毎日を過ごすようになりました。

裁判を開始したからといっても気持ちが整理されることはなく、息子が「なぜ亡くならなければならなかったのか」という疑問の回答を見つけようとする気持ちが更に強くなっていきました。

施設の入所者の安全に対するコストの削減と職員の意識、事故に対する賠償の姿勢、そして過去の裁判例。

障がいのあった息子の命と人生は軽視されているという思いがどんどん膨らんでいきました。

 同じような施設の事故について経験豊富な弁護団の先生のお1人が、今回の法廷で、「親御さんたちは、施設に預けた自分を責めてしまう。根本的に解決しない。」とおっしゃっていました。又、報告会に参加された方からは、「この裁判は健常者のためのものでもある。自分たちが交通事故の加害者になってしまった時、被害者の方に障害があった場合、自分たちが加入している保険では誠意を尽くすことが出来ないことがわかった」という感想をいただきました。

 亡くなってしまった息子のためには何もしてあげられませんが、現状を放置しておくことは良いことではありませんし、なにより息子の命と人生を軽視した施設を許すことはできません。
 子供の死に向き合うことが、真に子供に寄り添う事であり、私達のような経験をされる方がなくなるためにもとことんやろうと決意して今日に至っております。



遺影は静かに笑みを浮かべています。













判決(2019年3月22日)にむけて 

2018年12月7日(金)、5回目の公開裁判(結審)が東京地裁103号法廷で実施されました。
私達の応援のため約60名位の方に傍聴にきていただきました。
集まっていただいた方は、支援の会・SNSの呼びかけによりお集まりいただいた皆様、報道や法律関係の方に交じって、被告以外の施設関係の方や障害者雇用の方も応援のためにお見えいただきました。又、名古屋で同様の訴訟を続けている原告の方も駆け付けていただきました。

期日に合わせて提出された、原告側代理人共著による「最終準備書面」にもとづき原告側の陳述が行われ、同様の裁判で経験豊富な、東京、札幌、名古屋の3名の弁護士が原告側の主張を行いました。原告両名も地裁最後の陳述を行いました。
被告側からの陳述はありませんでした。

次回、2019年3月22日(金) AM11:00に東京地裁の103号法廷で判決が行われます。
私達が東京地裁の裁判で準備することは全て終わりました。

皆様の応援はとても心強く、裁判官の姿勢にも少なからず影響していることが感じられます。
初めの頃の裁判で、原告の陳述が行われた直後の傍聴席からの拍手を裁判長は制止しましたが、今回行われた結審では、わずかに起こった拍手が制止されることはありませんでした。 
平日にもかかわらず何度も傍聴に足を運んでくださった方や遠く大阪や名古屋などからも駆け付けてくださった方もいらっしゃいました。白杖や車椅子の方々が毎回参加していただきました。
皆様の支えで今日まで続けることが出来ました。
感謝の念に堪えません。

民主主義で平等が第一義であることから、就労前の子供の賠償に、障害が無ければ、親の出自や資産、本人の教育環境や学校の成績及び才能、健康状況や後天的な障害になる可能性を考慮することがないのに、これから社会に出るはずであった子供の命に、障害の有無で賠償に差をつけることは正しいことではないと思います。

公平な判決を願います。 

裁判傍聴のお願い (2018年12月7日(金) 最終弁論)

最終弁論 (結審)
2018年12月7日(金)午後1時30分~3時30分
東京地方裁判所103号法廷
事件番号・事件名:平成29年(ワ)第4826号 損害賠償等請求事件
係属部:東京地方裁判所民事第39部合議A係
東京地裁の公開法廷における口頭弁論も次回で5回目となります。過去4回の期日は、いずれもご支援いただく皆様に傍聴していただくことができ、裁判官の心を動かすことができたものと信じております。       
次回で原告と被告相互の弁論は最後となります。
私達は、障がいのある子供と健常の子供の命と人生の評価に格差をつけてきた損害賠償の慣行を是正するようにこれまで訴えてまいりました。
皆様のご厚情を賜り是非傍聴いただきますようお願いいたします。
<傍聴券配布の場合>
過去4回の期日には傍聴券が配布されました。
開廷50分前に裁判所正面入り口手前の右側で傍聴整理券が配布され、開廷20分前にその整理券を傍聴券に引き換えて頂き入廷していただきました。
(傍聴希望される方が定員オーバーした場合には抽選になります。)
又、裁判終了後に報告集会を行います。
◎裁判の概要
2015年9月に知的障害を伴う自閉症の息子和真は、預けていた障害者施設の過失で行方不明となり、高尾山近郊で遭難し亡くなりました。
私達は入所施設を運営する社会福祉法人藤倉学園と賠償をめぐる裁判を続けております。
 
 私共は、障害の子供の命が軽んじられたことから、施設の安全配慮に手抜かりが生じ、事故が発生したと考えております。又、人生を失ったことに対する賠償に、施設側は障害の有無で差別する姿勢を示してきました。ここに強い憤りを感じております。
「息子の命と人生を軽んじられたことに対する憤り」です。
 過去の期日では、支援の会の皆様の他に、障害関係の支援団体の方、SNSで事態を知って応援してくださる方や、そうした皆様方からのお声がけにより関心をお持ちいただき応援してくださる方に傍聴していただきました。
次回の12月7日(金)にもぜひ裁判傍聴にご参加いただきますようお願い申し上げます。

第4回口頭弁論(2018年4月20日公開裁判)    

2018年4月20日(金)、4回目の公開裁判が東京地裁103号法廷で実施されました。
私達の応援のため約40名位の方に傍聴にきていただきました。
集まっていただいた方は、支援の会・SNSの呼びかけによりお集まりいただいた皆様、報道や法律関係の方に交じって、被告以外の施設関係の方や障害者雇用の方も応援のためにはせ参じていただきました。又、同様の訴訟を続けている原告の方も駆け付けていただきました。

原告自身は、過失による命の賠償に障害の有無で差別をすることに異議を唱えて、今回の訴訟を開始しており、根拠として法律学者の意見書を裁判所に提出しています。
原告代理人は、既往の裁判例を踏まえながら、原告の意向に沿った判決が出るよう、専門家の意見書や証人を準備して裁判を進めています。
今回の期日では、原告側証人として、発達精神医学の我が国屈指の医師市川宏伸先生が出廷し証言されました。

被告は児童相談所の最後の判定で最重度の障害判定を受けた息子は将来働くことができなかったとして、賠償に逸失利益を認めず、慰謝料も基準を下回るもので、逸失利益に含めるべき障害年金も否定しております。

市川先生は、息子の医療記録を確認し、学校の記録や家庭での様子から、そもそも児童相談所の最重度の判定に疑問を呈し、判定結果が東京都の判定基準にも則していないことを証言されました。又、自閉症であっても知的障害であっても、環境が整えば十分働くことができると証言されました。

期日に合わせて提出された、原告側代理人の辻川先生が作成し、裁判所に提出された「第二準備書面」は発達精神医学における「自閉症」と「知的障害」を分かり易く解説したのちに、自閉症児の発達や障害と就労について論説し、継続支援により亡き息子の就労の可能性が十分にあったことを主張しています。専門文献や息子の医療・学校・児童相談所の記録、といった確固たる証拠に基づくもので、蓋然性の高い内容でした。

裁判官の問い合わせに対して、被告代理人は、今後証人や専門家の意見書を提出する予定はないとしています。被告が加盟している同業者団体の理事長の意見書の提出は考えているようですが、障害者支援を職業としている人に障害者の将来や可能性を否定する意見書を準備させようとしている被告の姿勢に違和感を覚えます。

今後の裁判予定は、当初予定されていた次回期日の7月27日が、非公開の原告側証人の所在尋問に変更されました。次回の公開裁判は12月7日(金) 13:30~15:30に東京地裁の103号法廷で行われます。裁判官からは最終弁論と示唆されています。

皆様の応援はとても心強く、裁判官の姿勢にも少なからず影響していることが感じられます。引き続きよろしくお願いします。       
     



裁判傍聴のお願い (2018年4月20日(金) 第4回口頭弁論)

第4回口頭弁論期日
2018年4月20日(金)午後2時~5時
東京地方裁判所103号法廷
事件番号・事件名:平成29年(ワ)第4826号 損害賠償等請求事件
係属部:東京地方裁判所民事第39部合議A係
東京地裁の公開法廷における口頭弁論も次回で4回目となります。過去3回の期日は、ご支援いただく大勢の皆様に傍聴していただくことができ、裁判官の心を少なからず動かすことができたものと信じております。       
引き続き高い関心をお持ち頂き、是非傍聴下さるようお願いいたします。
<傍聴券配布の場合>
過去3回の期日には傍聴券が配布されました。
開廷50分前に裁判所正面入り口手前の右側で傍聴整理券が配布され、開廷20分前にその整理券を傍聴券に引き換えて頂き入廷していただきました。
(傍聴希望される方が定員オーバーした場合には抽選になります。)
又、裁判終了後に報告集会を行います。
◎裁判の概要
2015年9月に知的障害を伴う自閉症の息子和真は、預けていた障害者施設の過失で行方不明となり、高尾山近郊で遭難し亡くなりました。
私達は入所施設を運営する社会福祉法人藤倉学園と賠償をめぐる裁判を続けております。
 
 私共は、障害の子供の命が軽んじられたことから、施設の安全配慮に手抜かりが生じ、事故が発生したと考えております。又、人生を失ったことに対する賠償に、施設側は障害の有無で差別する姿勢を示してきました。ここに強い憤りを感じております。
「息子の命と人生を軽んじられたことに対する憤り」です。
 過去の期日では、支援の会の皆様の他に、障害関係の支援団体の方、google+で事態を知って応援してくださる方や、そうした皆様方からのお声がけにより関心をお持ちいただき応援してくださる方に傍聴していただきました。
次回の4月20日(金)にもぜひ裁判傍聴にご参加いただきますようお願い申し上げます。

第3回口頭弁論(2017年12月22日公開裁判)

2017年12月22日、東京地裁103号法廷で3回目の口頭弁論が行われました。
原告と被告が事前に提出した書面・意見書・証拠資料の確認や今後のスケジュールについて決められましたが、2時間半の大半は、原告である私達夫婦に対する尋問が行われました。
尋問は事前に提出した陳述書等の各種書面や記録などの証拠にもとづき行われました。
原告弁護団の先生方に続き、被告代理人弁護士からも私達夫婦に対し執拗な尋問がありました。

裁判の争点は、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、過失で息子を行方不明にさせ、高尾山近郊の山中で遭難死に至らしめた、被告の障害者入所施設藤倉学園が、過失は認めたものの、重度の障がいの子供は将来働くことができなかったであろうとして、賠償額に逸失利益を認めず、慰謝料も通常支払われるべき金額を下回る額を主張していることに対し、私達原告が、障がいの有無で賠償額に差をつけることは障がい者に対する不当な差別であると主張しているものです。

地裁が「争点を絞る」ことを主導し、「争点は損害論」として出発しています。今までの口頭弁論で提出された証拠は、「一般的な自閉症に関する文献」を除くと、原告側が準備したものにより裁判が進行し、原告が主張することに対し被告が反論するという形式で進んでいます。

今回の尋問では、原告として以下の主旨にもとづき、証言しました。
①我が国は法治国家であり、憲法で差別を禁止していること、権利条約という国際条約を批准し、障がいを理由に差別することを禁ずると国際社会に約束していることをあげて、「命と人生の損害賠償」に司法が率先して法律を守る姿勢を示して欲しい。
②そもそも障がいがあるから働くことができないと断定するのは間違っている。合理的配慮があれば充分働くことができる。現実に働いて成果をあげている実例がある。又、障がい者雇用の機会も割合も増えている。
③児童相談所の障害判定は福祉サービスが対象者にとってどの程度必要かを判定するもので、能力や将来の可能性を判定しているわけではない。
④私達の息子は成長途上の伸び盛りで、就労に必要な色々なことができるようになっていた。

対する被告は、以下の2つの骨子で反論し、特に②にもとづき私達被害者の両親に執拗な尋問を繰返しました。
①障害者に対する賠償額に差別を無くすべきという主張は独自の見解である。
②児童相談所の記録にいろいろな問題行動が記載されている。
児童相談所は、息子のような発達障害の相談について、必要な福祉のサービスを検討し、障害の判定などを行います。判定に際し、IQテストの結果を重視し、能力や成長の可能性より、育てていて困っていることのみを聴取し、短時間の観察で判定しているようです。この点について、専門家の方からは、欧米諸国では、障害判定にIQは採用しなくなっているともお聞きしております。
学校の記録では、年齢に応じ、コミュニケーションや社会性が身につき、又、就労に必要な能力も発達していることが記載されていました。
息子の児童相談所の記録には、妻や入所後の施設から聴取した問題行動と短時間の観察及びIQテストの結果程度のことしか記載されていませんでした。
又、記録を読んでいくと藤倉学園の現学園長と職員が東京都に対し最重度加算の助成を受けようとして、児童相談所の心理士の聴取に対し耳を疑うような虚偽の回答をしていることも記録されていることがわかりました。
亡くなった息子が、どんぐりや歯磨を食べたとか、自宅にいたときに妻に対し毎日暴力をふるい怪我をさせていたなど。
息子は自宅にいたとき、他害はなく、母親に対して愛情表現で突くことはあっても、怪我をさせたなどということは一度もありませんでした。近所でトラブルを起こしたこともなく、学校でも聞いたことがありません。学校で他人によく噛みつくお子さんがいて、被害を受けたことはありますが、不機嫌になっても仕返しをするようなこともありませんでした。
自宅にいたときにどんぐりなど全く興味を示したことはなく、食べ物以外の物を口にしたことはありませんでしたし、学校からもそのような報告を受けたことはありませんでした。
藤倉学園の最重度加算の助成要請は、実際に息子を観察した2人の心理士が却下した記録が公文書として残っています。

被告の代理人弁護士は、妻に対し、特に児童相談所の児童期のやんちゃな行動の記録をもとに執拗な尋問を繰り返し、私ども両親を怒らすためにやってきたとしか思えぬ行動に出ました。被告藤倉学園の預かっている障がいの子供に対する姿勢が、その代理人を通してよくわかりました。
原告弁護団の先生方が再主尋問でフォローしていただきましたが、特にベテランの先生が、相手の執拗な尋問を一蹴するあたかも鮮やかなリターンエースのような答弁をされたのがとても心強く感じました。原告の証拠資料として提出した我が国でも屈指の発達医療のドクターの意見書では、学齢期を過ぎれば自閉症特有の問題行動もなくなってくると記載されていました。又、15歳以降になっても成長の伸びしろが極めて大きいとも記載されていました。被告が強調して指摘した幼少時期の息子の問題行動は思春期を過ぎればなくなってくると回答したのです。

原告側は主張に合わせて、著名な学者の方や専門家の方々の意見書と、発達医療専門のドクターや障害者の雇用現場の責任者の方を証人として準備しましたが、被告側は自分達の主張を立証する意見書や証人を準備することができておらず、息子の障害判定の診断にかかわった医師への依頼を試みたようですが断られたとのことでした。

私達は裁判に踏み切ったときから和解はしないという方針で臨んでまいりましたが、改めてその決意を固めました。
今回の期日では、3回目ということもあり、傍聴いただく方がたくさんは望めないと思っておりましたが、応援いただいている皆様方の呼びかけもあり、大勢の方に来ていただくことができました。とても心強く、皆様方のご厚意に深く感謝しております。