2019年1月15日火曜日

裁判傍聴にご参加いただける皆様へのお知らせです。

第1回口頭弁論
5月19日(金) 14:00 東京地裁(霞が関) 第103号法廷で開かれます。
既に支援の会宛またはFacebookを通じて参加のご連絡をいただいている方以外で傍聴いただける方は、人数を把握したいと思いますので、5月15日(月)までに、ご連絡ください。
当日は13:40に東京地裁正面入り口を入って左側のソファあたりにお集まりください。

この裁判に関心を持つ人が多くいらっしゃることを裁判所にアピールするためたくさんの皆様のご参加をお願い致します。

命の差別の是正を求める裁判に皆さんの応援をお願いする理由

弁護士の方、同様の訴訟を経験されている方のお話しを伺うと、裁判所は過去の判例を重視する理由として判決の安定度を尊重し、判例を変更することで、裁判の効率性が損なわれる事を危惧したり、保険会社の支払い基準の変更が伴うことの影響を危惧したりするとのことです。
  遠い過去、60年代の交通戦争と言われた時代、裁判を円滑に進めようとして便宜的に導入した命の価値を直前の稼ぎのみで判断し解決させるという手法をを今日まで適用させています。制定以降の人権に対する国際条約や国内法の変更をストレートに反映することに慎重になっているようです。
  主婦や子供の命の価値等が少しは改善されたり、個別の和解で改善することはあっても、障害者や稼ぎの恵まれない方に対して、命の差別の解消には至っていません。
  裁判官は、個人的には原告に同情しても、自分で出した判決が上級審で覆されることを危惧し、経歴に汚点を残さないことを優先させる傾向があるようです。上級審の裁判官も相見互いの見地から、よほどのことが無ければ、下級審の判決を尊重する傾向があるようです。東京地裁の裁判官は「エリート」の自負があり、保身の意識が地方より強くなるともお聞きしています。血の通った判決は地方で行われる傾向があるのもその所以とのことです。
  裁判官の心を動かすには、短絡的なパフォーマンスではなく、世間が関心を持ち注視していることがポイントになると、訴訟の経験者の方に教えていただきました。マスコミが注視する、裁判の傍聴席がいつも満席でホームグラウンド状態になれば、心を動かさざるを得ないようです。皆さんの共感とご声援がとても大切だと痛感しております。
  今回の裁判は施設所在地の立川支所を選ぶ選択筋もありましたが、マスコミの方、裁判を傍聴される方の利便性を考え、保守的な霞が関の東京地裁をあえて選びました。
  プライベートな訴訟ではありますが、障害者の方の共通な課題の克服として、皆さんに応援していただければと思っております。
  幸い、弁護団には各地の障害者の問題に精通された方々に結集していただいております。代表弁護士は長年障害者の問題に深く関わり、又、薬害集団訴訟などで功績を挙げられた方です。
  皆さんのご声援が加われば、画期的な判決も夢ではないと思います。



裁判支援の会が結成されました。

名称 和真くん「いのちの差別」裁判を支援する会
裁判官の心を動かすための活動を行います。
裁判傍聴のお願い、署名活動、お問い合わせ窓口等 https://kazumakun.jimdo.com/

それでも裁判します


訴訟はとてもエネルギーが要ります。
 裁判官が間に入ることで、示談より賠償額も低くなるようです。
 裁判官は過去の判例を重視します。
 息子の死亡事故のようなケースは示談や和解で解決することが多く、判例自体が少なく、ずっと過去にさかのぼることになります。
 裁判を進めるにあたり、被害者は失意の中、弁護士と訴訟の費用を準備しなければなりません。
 一方の加害者側は、保険会社が準備する弁護士に委任することで、コストもかからず、裁判で解決した金額を保険会社に請求する手間だけで済んでしまいます。

 訴訟の目的は、障がい児の命の軽視が起因した事故を周知させることです。
 しっかり警鐘を鳴らさないと、障がい者に配慮する国際条約や法律が守られず、事故が繰り返されても、再発防止に結びつきません。

 親の希望は言うまでもなく、息子を生きて返して欲しかったことにつきます。
 自分の子供の命に値段をつけたいと思っていません。
 行政処分は納得のいかない理由でなされず、刑事告訴もハードルが高く、ミスを犯した現場の管理者や職員達はともかくも、命よりコスト削減を優先させたずさんな運営の責任を問うことはかなり難しいようです。
 業務の姿勢や管理責任を追及するためには金額を呈示した賠償請求で解決するしか方法がないのが現状です。
 
 和解や示談は判例とは認めらません。裁判官に対し、命の差別の是正を求めて納得のいく判決が得られるまで訴訟を続けていくつもりです。

 

ネット署名と拡散をお願いします。

チェンジオルグでネット署名を開始しました。たくさんの皆様の署名が必要です。命の差別の是正を求める裁判です。ぜひ賛同いただき署名と拡散をお願いします。


https://www.change.org/p/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9C%B0%E6%96%B9%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E6%B0%91%E4%BA%8B%E7%AC%AC39%E9%83%A8%E8%A3%81%E5%88%A4%E9%95%B7-%E5%91%BD%E3%81%AE%E5%B7%AE%E5%88%A5%E3%82%92%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%99%E3%81%9F%E3%82%81%E8%B3%A0%E5%84%9F%E9%A1%8D%E3%81%AE%E6%A0%BC%E5%B7%AE%E3%81%AE%E6%98%AF%E6%AD%A3%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%99?recruiter=610785428&utm_source=share_petition&utm_medium=facebook&utm_campaign=share_for_starters_page&utm_term=des-lg-action_alert_sign-no_msg

拡散お願いします。

東京近郊の方、裁判の傍聴のお願い。

命の差別の是正を求める裁判
5月19日(金) 14:00 第1回口頭弁論が東京地裁の第103号法廷で行われます。
傍聴される方が多いほど、よい結果が期待できます。
たくさんの皆様のご参加をお願いします。
(経緯等詳しくはHP https://15years-life-value.jimdo.com/ )


弁護士 清水建夫
      
これまで自閉症の少年の死亡事故について裁判所は少年が将来稼ぎ出す能力に乏しいとして,障害のない子の数分の1しか損害賠償額を認めませんでした。これは2006年12月国連総会が採択した障害者権利条約にも,2011年7月改正された障害者基本法にも相反するものです。2016年4月に施行された障害者差別解消法は国及び地方公共団体に障害を理由とする差別の解消の推進に必要な施策の策定と実施を義務づけています。司法(裁判所)も国家機関の一つとして同様の義務を負っています。この裁判はこれまでの司法の取扱の変更を求める裁判であり,多くの方に傍聴していただき裁判官の心を動かしていただきたいと思います。 

訴訟の経緯



2015年9月4日、知的障がいの息子松澤和真が、預けていた障害者入所施設から行方不明になり、高尾山の登山道で遭難、11月1日に麓の沢で遺体で発見されました。
 身元が確認され、通知されたのが、翌年1月4日でした。
対面できるまでに、事故発生から4カ月かかりました。
 行方不明の原因は、入所施設の業務上の過失で、本来施錠していなければならない扉が施錠されず、ガードもされていなかったことと、そのことが原因で1人の子供が出てしまったことを認識していたにもかかわらず点呼を取らなかったことでした。
 点呼を取らなかったこと以外にも、複数の職員が安全配慮義務にもとづくルールを守らず、設置していた防犯カメラの不具合を放置していたことが挙げられます。
 事故は発生してから1時間以上も発覚せず、又、防犯カメラで直ぐに確認できなかったため出てしまったこともわからず、敷地内を捜すのにさらに1時間かかり、警察への通報には2時間以上も経過していました。
 通報が遅くなり、警察犬も後をたどることができなくなりました。
 防犯カメラの解析が遅れ、出て行った時の服装も誤って伝えられました。

 行方不明の時点から、施設を監督する東京都に調査を求めました。
 調査の結果が通知されたのは、遺体の身元が確認された翌年でした。
 東京都は施設の過失を認めましたが、改善指導にとどめ、行政処分はしませんでした。

 現在、捜索をお願いした警察署に訴え、事故を起こした施設管理者や職員に対する刑事罰を要請しています。

 施設側も過失を争う姿勢はありませんが、賠償については、弁護士を通じ障がい者を差別する金額を呈示してきました。
 賠償額は「逸失利益」と「慰謝料」から構成されます。
 施設の呈示は、逸失利益をゼロ、慰謝料は基準の最低額20百万円というもの。
 これは、息子は生きていても価値がないという、障がい者を差別したものです。
 まだ15歳の成長過程であった息子に対し、そもそも「利益を産み出さない価値のないもの」と重過失の加害者から言われる筋合いはありません。
 こうした障害者を差別する考えを持つ施設であったから、事故は起こるべくして起こったと考えています。
 家族にとっては、かけがえのない存在である大切な子供を預かっているという認識が欠けている姿勢がうかがえます。

 息子は、その稼働能力から将来就労する可能性は十分ありました。
 又、亡くなった息子が失ったものは、労働の機会だけではなく、これから体験する様々な経験や、感動、知識、夢、人との関わり、人生のすべてです。
家族が失ったものは、息子と関わることで得られたはずの人生経験で、苦労、喜び、自分達の成長等々…きわめて大きなものです。
本来、命の価値が差別されてはならないと思っています。

従来から、経済的に弱い立場の人たちは賠償問題で不利な立場に立たされてきました。
私達の判例が良い方向にむかえば、障がい者ばかりでなく、主婦、非正規雇用、ニート等、経済的に不利な立場に置かれている方々の今後の賠償額の基準の底上げにもつながると考えています。

共感いただける方はぜひ応援していただければ幸いです。

2016年12月9日、社会福祉法人多摩藤倉学園に対し、裁判所の職権で、証拠保全の手続きを行い、民事賠償手続きを開始しました。


(息子と最後に一緒に見た宮ケ瀬ダムの風景)